新しい職場と新しい生活と転院【パニック障害】

パニック障害転院

オハマのお話、第22話は、私の東京での新しい環境と病院の転院のお話です。

前回のあらすじ
わずか1ヶ月で福島県での田舎暮らしを辞め、夫のいる東京へ。パニック障害と戦いながらも夫との結婚に向け、新生活をスタートしました。
福島からわずか1ヶ月で東京に。そして同棲生活。

新しい職場と新しい生活

東京に帰ってからは、もともと夫が暮らしていた家にお世話になっていましたが、すぐに新しい家を探しました。

夫は飲食業で働いていたので帰宅時間は毎日深夜でした。私の体調に何かあったときの為に姉や友人が多くいる私の生まれ育った街で家を探すことにしました。

パニック障害の私には近くに助けてくれる人がいるということが凄く重要で、たったこれだけでも少しは不安が減りました。もし、夫がいない時間に発作が起きた場合のことを考えることが多かったです。

夫との結婚がトントン拍子に決まり、結婚式への準備がはじまりました。月に一度通院する生活は変わらず、仕事は大学生の頃にお世話になっていた高齢者のデイサービスでヘルパー、カフェ、夫が働いているお店でバイトをはじめました。

夫の職場でアルバイト

体調は落ち着いて特に大きな発作は起きず、ひたすら毎日働いていました。夫が働いているお店は都心部にあるので、行きは夫と一緒にバイクで通勤し、帰りは一人で電車に約30分乗って帰宅していました。混んでいる時間を避けて帰宅していたので、電車の中では座れることができ、週5回ほど通うまで回復していました。

それでも、月一度通院している主治医から減薬の話は出なかったし、「このままこの病院でいいの?」という疑問も生まれはじめました。そんな中、夫がネットで新しい病院を探してくれました。今の時代はなんでもネットで調べますよね。でも本当にいい病院を探すには?ここについては、また記事を書きたいと思います。

病院を転院する際には、紹介状が必要でした。(私の場合です。)私は、主治医に転院することを伝えるときはとても神経を使いました。何年もお世話になった主治医に、病院を変えたい。ということを伝えることがなかなか言えずにいました。紹介状のお願いをした方はきっと共感してくれると思います。

色々と転院の理由を考え、主治医には夫と働いているお店の近くに転院して、夫にも付添いをしてもらいたいと思っていると伝えました。(これは本当のことです。)主治医はあっさりと了解してくれて紹介状を書いてくれました。スムーズに転院に向けて進んだので、自分自身もちょっとびっくりしました。