「オハマのおはなし」第8話は、退職した私の心と身体の状態のおはなしです。
予期不安との闘い
「退職」をしてから、しばらく家で引きこもり状態が続きました。退職したからといってストレスから解放されて楽にはなりませんでした。
本当に、本当に何もしない日が続きました。
中途覚醒の睡眠障害があったので、なかなか朝起きれずの生活が続きました。訳もわからず苦しいし、「予期不安」が起こるしとにかく記憶を辿ってもなかなか思い出せないほどきつかった期間でもあります。
突然襲ってくる「予期不安」の症状とは
この「予期不安」ってのがやっかいなのです。本当に突然、「あ、発作起きるかもしれない」となったり。それがテレビを見ていても、友人と話していても。乗り物に乗っていなくても突然その発作への不安の波がやってくるのです。
もちろん、そうなると脳内は慌てます。いつ爆発するかわからない爆弾を持ってるイメージです。
「どうしよう。このまま発作が起きたら辛い!!」そのスイッチが入るとなかなか抜け出せなくなる訳です。イメージ的には身体にサイレンが鳴っている感じです。そしてそのサイレンが鳴り続けて苦しくなってくると、「死ぬかもしれない!」という恐怖ステージがレベルアップしてしまうのです。
そうなると、過呼吸気味になったり、立ってることさえもつらくなるので、私の場合はまずは気を紛らわすために携帯をいじったり、場所を変えてみます。それでもだめな場合は横になります。時間が経てば少し楽にはなるのですが、この時間が地獄のような時間です。
それでもだめな場合は、病院から処方されている頓服薬を飲みます。すぐに効いて眠くなる時と全然効かない場合があります。(あくまでも私の場合です。)
私は予期不安のスイッチが入ると、身体がいっきに冷たくなり、呼吸がしにくくなったり、手足や口がしびれてきます。
「死なない」のに「死にそうになる」恐怖
この発作で死ぬことはないのに「死ぬほど怖くてつらい」のです。このまま死んでしまうという悪魔に襲われてしまうのです。
誰でも呼吸ができなくなったり、心臓がいきなりとんでもない速さで動いたら死ぬかも!と思いますよね。この不安が毎日永遠と続くわけです。
これはなったことがある人にしかわからないと思うし、同じパニック障害でもいろんなタイプの発作があると思います。私の発作の症状はこんな感じです。
もし、これを見て予期不安のスイッチが入りそうになったらまずはこのblogを見るのをやめてくださいね。無理はいけません。
そして気の紛れることをしてみてください。好きな音楽を聴く。家の中を歩いてみる。スマホで全然関係のない情報を見る。なんでもいいです。
話を戻しますね。
当時の環境の変化
実はこの退職までの流れの中で、当時何年も長くお付き合いをしていた彼氏とも別れました。これは自分から別れを切り出しました。彼からは近くで私を見てきた訳ですから、ずっと仕事を辞めて結婚の話まで出ていたのですが、どうしてもそこまで踏み切れませんでした。
こんな状態で彼氏とも別れ、会社も退職した私には何も残らず、ただただ体調の悪い自分だけがそこに残りました。でも、彼氏と別れたことも退職したことも「後悔」はしていません。
病院への通院
2月に発作が起きて病院へ行って診断書を頂いてからは通院はせず、結局処方された薬も服用しませんでした。
2件目の診療内科を受診したのが8月なので、半年間病院には行っていません。それまでの間は整体(カイロプラクティック)にバスで行けるところに通いました。当時は電車に乗れないだけで、バスや車に乗れてよかったと思っています。もし、その乗り物さへ乗れなくなったら本当にどこにも行けなくなり、もっと孤独になっていたと思います。
身体の様子
私の場合はストレス源が軽減し、時間が経過しても症状は良くなる訳ではなかったです。大きい発作は起きないけれど、バスで発作が起きそうになったり、家でも起きたりしていました。食欲もなくなっていたので、体重もだいぶ落ちました。
当時、友人たちも心配して会いにきてくれたりしたのですが、ファミレスに行っても何も食べれない私。みんなが一口でもいいから食べて!と私の好きなハンバーグを無理やり口に入れてくれたこともありました。忘れもしないあの時の光景。
ロイホのオニオングラタンスープしか食べれるものがなくて、それをかなりの時間をかけて飲みました。元気な時の私は、食べるのが早いので有名だったのであまりにも私がちびちび食べていたので、友人がとても心配していました。
カラオケにも連れて行ってくれましたが、途中で息苦しくなったり、全然楽しめない…。どこか客観的に自分を見ている自分もいました。楽しいけど苦しいから帰りたい。でも言えない…。どんなに仲の良い友人の前でも、「つらいから帰りたい」と言えない私がいました。カラオケって狭くて暗い空間なので、この時の私は気づいていないのですが、「閉所恐怖症」になっていたと思います。そりゃつらい訳ですよね。
家での過ごし方
家では何をしていたかというと…本当に覚えていないのですが、ただただ寝ていました。これでもか!ってくらいに寝れるのです。そして、夜になって少し外に出たい!と思って近所のコンビニに行ってみる。そんな状態でした。昔からファッション雑誌が好きだったので、何冊も買い込んで読み更けていました。
ただ、この状況が続いてしまったら本当に私はだめになってしまう!と思い、大学時代にアルバイトをしていた(徒歩で行ける近所の)焼き鳥屋さんへ復帰させてもらうことにしました。接客をすることが好きな私は、ここで働くことがとても好きだったのです。らだ、すぐにフルタイムで働くのは無理だと分かっていたので、週1回から働かせてもらうようにお願いさせてもらいました。