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	<title>結婚 &#8211; パニック障害のおはなし｜オハマの体験談</title>
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	<description>パニック障害の体験談と対処法</description>
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	<item>
		<title>転院先の病院と自立支援制度と結婚式</title>
		<link>https://ohama-panic.com/ohama-story23/</link>
				<pubDate>Wed, 02 Oct 2019 12:36:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[OHAMA]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オハマのおはなし]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>
		<category><![CDATA[転院]]></category>

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				<description><![CDATA[「オハマのおはなし」第23話は パニック障害で転院した先の病院の様子 当時の私は年齢的にも30歳に近づいていたので、断薬も妊活もしたいし藁にもすがる思いでした。でも、たった10分の診察で何が変わるのでもなく、ただ月日だけ...]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「オハマのおはなし」第23話は</p>
<div class="c_box intitle pink_box type_normal"><div class="box_title"><span class="span__box_title">前回のあらすじ</span></div>田舎暮らしを辞め、東京に戻り夫の職場でアルバイト。新しい職場に新しい家、そして新しい病院と今までにない新しい生活が始まりました。結婚式も決まりコツコツと準備も始めました。<br />
<a href="https://ohama-panic.com/ohama-story22/">新しい職場と新しい生活と転院</a></div>
<h2>パニック障害で転院した先の病院の様子</h2>
<p><span style="font-weight: 400;"><img class="alignnone wp-image-715" src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/6f3372a28a428272de0893a1a245821c.jpg" alt="転院先のクリニック" width="758" height="504" srcset="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/6f3372a28a428272de0893a1a245821c.jpg 679w, https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/6f3372a28a428272de0893a1a245821c-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 758px) 100vw, 758px" /></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当時の私は年齢的にも30歳に近づいていたので、断薬も妊活もしたいし藁にもすがる思いでした。でも、たった10分の診察で何が変わるのでもなく、ただ月日だけが流れていきました。</span></p>
<p>3つのバイトを交互に働く日々。結婚式の準備も忙しくなってきて、毎日とても充実していました。</p>
<p>転院先の病院は、夫がインターネットで見つけてくれました。やはり、病院を探すとなるとインターネットがメインになります。見つけた病院には電話で予約を入れました。転院先の病院は、40代半ばくらいの男性の先生でした。都心部あるクリニック。もちろん、クリニックの名前も「○○駅前メンタルクリニック」よく駅の広告などで目にする名前のクリニックです。</p>
<p>このクリニックで初めて夫も診察室に同席することになりました。</p>
<p>院内の様子は、ジャズが流れて待合室には大きなソファがあり、患者さんは男性の方も多かったのが印象的です。今度の先生は物静かな先生。紹介状を提出し、私から今までの経緯を先生お話して、夫も初めて先生から私の病状についての話をしてもらいました。</p>
<p>ただ、何を話していいかわからなくなるのが嫌だったので、先生にお伝えすることを時系列をメモに書いて持っていきました。時系列に沿って今までの体調や薬のお話をしました。私は、<strong>新しい病院に行く際には、漏れがないようにメモに書いて持っていくことにしています。</strong></p>
<div class="voice cf l"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/ohama.jpg"><figcaption class="name">オハマ</figcaption></figure><div class="voicecomment">新しい病院で緊張してしまったり、言いたいことが言えずに終わってしまうことがないようにするのにオススメです！</div></div>
<p>身体的な検査は何もなかったです。基本的にはお話のみで、血圧や体温も測ることはしなかったです。初診は30分くらいだったと思います。お薬は今まで通り、変更なくしばらく続くことになりました。</p>
<h3>自立支援医療制度の申請</h3>
<p>この頃はじめて「自立支援医療制度」というものを知りました。今までの医療費は3割負担。月に1度通院し、薬の処方も1ヶ月分あったので毎月なかなかの出費でした。この制度を使用することで1割負担になるので、金銭的にはとても助かりました。</p>
<p>毎回、指定されたクリニックと調剤薬局に受給者証を掲示しました。</p>
<div class="supplement normal"><em><b>自立支援医療制度とは</b></em></p>
<p>自立支援医療とは、心身の障害に対する医療費の自己負担を軽減する公的な制度で、都道府県や指定都市が実施主体として運用されています。</p>
<p>精神疾患の治療は長期におよぶことも少なくなく、その間にかかる医療費は経済的にも精神的にも不安材料になりがちです。自立支援医療（精神通院医療）はそういった負担を軽くし、少しでも治療に専念できるようにしてくれます。</p>
<p>引用：<a href="https://snabi.jp/article/107" target="_blank" rel="noopener noreferrer">自立支援医療（精神通院医療）ってどんな制度？</a></div>
<h2>ついに結婚式！パニック障害の私でも乗り切れるの？</h2>
<img class="alignnone wp-image-716" src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/949a13375a36499a6cd5cf7b3e4c2500.jpg" alt="パニック障害の私が結婚式" width="771" height="514" srcset="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/949a13375a36499a6cd5cf7b3e4c2500.jpg 678w, https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2020/02/949a13375a36499a6cd5cf7b3e4c2500-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 771px) 100vw, 771px" />
<p>そして、新しいクリニックに通院し始めてから大きなイベント。それは私たち夫婦の結婚式。</p>
<div class="voice cf l"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/ohama.jpg"><figcaption class="name">オハマ</figcaption></figure><div class="voicecomment">幸せの中にも「結婚式中に発作が起きてしまったらどうしよう。」という不安はありました。私が途中で倒れてしまったら…とか色々と考えていました。</div></div>
<p>結婚式では、少しでもリラックスした状態で挑みたかったので、ドレスで身体を締め付けられてくなかったので、ドレスのタイプはエンパイアタイプにして、さらに妊娠していないのにマタニティータイプにしてお腹まわりは苦しくならないようにしました。</p>
<p>コルセットのような下着も締め付けられて苦しくなるのが嫌だったので、着用しませんでした。</p>
<p>お陰様で結婚式中はドレスで苦しいと思うことは一度もなかったし、ドレスがかわいいと友人たちからも好評で、誰一人とマタニティ用のドレスとは気づかれませんでした！</p>
<p>靴はヒールで足が疲れないように、ヒールなしのフラットタイプにしました。ドレスは長いし、足元を見る人はいないので、フラットタイプの靴でも全く問題なかったです。</p>
<p>ストッキングもお腹が苦しくなるのを避けるために、膝丈のストッキングにしました。</p>
<p>お酒問題については、みんな私が飲めないのはわかっていたので、強制的に飲まされることもなかったし、乾杯のときのシャンパンは口をつけただけで問題なかったです。</p>
<p>食べ物に関しては、よく結婚式中は何も食べられないって聞いていたので、朝ごはんはしっかり食べて、お色直しの際にサンドイッチを食べることができました。披露宴中はやはり、口くらいしか食べられませんでした。二次会に行くまでにお腹が空いていたので、おにぎりとウィダーインゼリーを買ってきてもらってチャージして完璧でした！おなかが空き過ぎると誰でも体調が悪くなりますから、食べれるタイミングで少しでも食べることをおすすめします。</p>
<p>もし、途中で緊張感から発作出ることも想定してウェディングプランナーの方に事情をお話して、頓服の薬を持っていただきました。自分で薬を持つことはさすがにできなかったので、ずっと隣にいるプランナーさんが持っていてくれたのはとても心強かったです。</p>
<p>ここまで対策する必要あるのか？と思う方もいると思います。でも、この病気になったことがある方はわかると思うですが、いつ何が起こるかわからないのです。だから常に対策を考えていないと落ち着かないし、無事に過ごすことができれば、よかった！と思って、その対策の苦労なんて苦とは思いません。とにかく安全重視なんです。</p>
<p>こんな対策をすべて行ったことで、人生最大に幸せな時間を過ごすことができました。結果、体調が悪くなることもなく、あっという間に時間が過ぎ去っていきました。次の日はさすがに疲れが溜まってしまいましたが、仕事もお休みを事前にもらっていたので大丈夫でした。</p>
<p>こうして私はとても幸せな結婚式を朝から晩まで楽しむことができ、今でもあの時のことを思い出して、幸せだったなぁと思い出します。</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>新しい職場と新しい生活と転院【パニック障害】</title>
		<link>https://ohama-panic.com/ohama-story22/</link>
				<pubDate>Mon, 30 Sep 2019 10:52:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[OHAMA]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オハマのおはなし]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>
		<category><![CDATA[転院]]></category>

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				<description><![CDATA[オハマのお話、第22話は、私の東京での新しい環境と病院の転院のお話です。 新しい職場と新しい生活 東京に帰ってからは、もともと夫が暮らしていた家にお世話になっていましたが、すぐに新しい家を探しました。 夫は飲食業で働いて...]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>オハマのお話、第22話は、私の東京での新しい環境と病院の転院のお話です。</p>
<div class="c_box intitle pink_box type_normal"><div class="box_title"><span class="span__box_title">前回のあらすじ</span></div>わずか1ヶ月で福島県での田舎暮らしを辞め、夫のいる東京へ。パニック障害と戦いながらも夫との結婚に向け、新生活をスタートしました。<br />
<a href="https://ohama-panic.com/ohama-story21/">福島からわずか1ヶ月で東京に。そして同棲生活。</a></div>
<h2>新しい職場と新しい生活</h2>
<p>東京に帰ってからは、もともと夫が暮らしていた家にお世話になっていましたが、すぐに新しい家を探しました。</p>
<p>夫は飲食業で働いていたので帰宅時間は毎日深夜でした。私の体調に何かあったときの為に姉や友人が多くいる私の生まれ育った街で家を探すことにしました。</p>
<p>パニック障害の私には<strong>近くに助けてくれる人がいるということが凄く重要</strong>で、たったこれだけでも少しは不安が減りました。もし、夫がいない時間に発作が起きた場合のことを考えることが多かったです。</p>
<p>夫との結婚がトントン拍子に決まり、結婚式への準備がはじまりました。月に一度通院する生活は変わらず、仕事は大学生の頃にお世話になっていた高齢者のデイサービスでヘルパー、カフェ、夫が働いているお店でバイトをはじめました。</p>
<h3>夫の職場でアルバイト</h3>
<p>体調は落ち着いて特に大きな発作は起きず、ひたすら毎日働いていました。夫が働いているお店は都心部にあるので、行きは夫と一緒にバイクで通勤し、帰りは一人で電車に約30分乗って帰宅していました。混んでいる時間を避けて帰宅していたので、電車の中では座れることができ、週5回ほど通うまで回復していました。</p>
<p>それでも、月一度通院している主治医から減薬の話は出なかったし、「このままこの病院でいいの？」という疑問も生まれはじめました。そんな中、夫がネットで新しい病院を探してくれました。今の時代はなんでもネットで調べますよね。でも本当にいい病院を探すには？ここについては、また記事を書きたいと思います。</p>
<p>病院を転院する際には、紹介状が必要でした。（私の場合です。）私は、主治医に転院することを伝えるときはとても神経を使いました。何年もお世話になった主治医に、病院を変えたい。ということを伝えることがなかなか言えずにいました。紹介状のお願いをした方はきっと共感してくれると思います。</p>
<p>色々と転院の理由を考え、主治医には夫と働いているお店の近くに転院して、夫にも付添いをしてもらいたいと思っていると伝えました。（これは本当のことです。）主治医はあっさりと了解してくれて紹介状を書いてくれました。スムーズに転院に向けて進んだので、自分自身もちょっとびっくりしました。</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>福島からわずか1ヶ月で東京に。そして同棲生活。</title>
		<link>https://ohama-panic.com/ohama-story21/</link>
				<pubDate>Mon, 30 Sep 2019 10:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[OHAMA]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オハマのおはなし]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>
		<category><![CDATA[田舎暮らし]]></category>

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				<description><![CDATA[オハマのお話、第21話は、わずか福島県に移住して1ヶ月で東京に戻ってしまったお話です。 わずか1ヶ月で福島生活は終了 約1ヶ月の福島生活から結婚を決めて東京へ戻ってきました。 結婚を考えていることを母に相談したらかなり驚...]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>オハマのお話、第21話は、わずか福島県に移住して1ヶ月で東京に戻ってしまったお話です。</p>
<div class="c_box intitle pink_box type_normal"><div class="box_title"><span class="span__box_title">前回のあらすじ</span></div>福島で半年、そして北海道への移住を決めていたのですが、急展開で恋人ができ福島県と東京での遠距離恋愛生活。<br />
しかし慣れない田舎生活で体調は悪化。そこからさらなる急展開で、すべての予定を白紙に戻し、東京で結婚を前提に同棲生活をすることに！<br />
<a href="https://ohama-panic.com/ohama-story20/">彼氏ができたけど遠距離恋愛。東京から福島県へ移住。</a></div>
<h2>わずか1ヶ月で福島生活は終了</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">約1ヶ月の福島生活から結婚を決めて東京へ戻ってきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">結婚を考えていることを母に相談したらかなり驚かれましたが、私の状態を聞いて東京行きを賛成してくれました。それからトントン拍子に同棲への準備がはじまりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">結婚が決まったので、北海道移住の話もなくなり、私は夫と東京で暮らす道を選びました。</span></p>
<p>忘れもしないプロポーズの日。福島から帰宅した日に夫がプロポーズをしてくれました。というのも…次の日には、父が北海道から来て夫が父に結婚の話をすることになっていたのです。夫は<span style="font-weight: 400;">仕事もハードな中、一生懸命私のために用意してくれました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私のメンタルの状態は、急に福島から東京へ戻ってきて北海道行きもやめて結婚することを決めたので、罪悪感に押しつぶされていました。</span></p>
<h3>家族での北海道生活の予定でした</h3>
<p>補足という意味で、私の北海道移住の予定をお話します。</p>
<p>父と母、ペットのワンちゃんと私で北海道に移住する計画でした。両親の老後を見越して東京の自宅を売却し、北海道の田舎に一軒家を建設中でした。</p>
<p>東京生活をパニック障害によってギブアップした私も、ゼロから新しい生活をすることによって、体調の改善を期待して便乗しようとしていたわけです。</p>
<p>だからこそ、計画がめちゃくちゃな私は、父と母に迷惑をかけてしまったと罪悪感を感じていたのです。</p>
<p>でも、好きな人との新しい生活にもワクワクし期待にいっぱいでした！</p>
<h3>そして再び東京生活</h3>
<p>無事に私の父親に結婚の報告もして、同棲生活がはじまります。当時、夫はコックをしていたので、帰宅時間が遅く、夜は基本1人の時間が多かったです。</p>
<p>そして病院は、新しい家からもバスで通える距離だったので、今まで通院していたメンタルクリニックに戻ることにしました。この時は、いつもの病院に戻れたことでほっとしました。</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>彼氏ができたけど遠距離恋愛。東京から福島県へ移住。からの急展開！</title>
		<link>https://ohama-panic.com/ohama-story20/</link>
				<pubDate>Tue, 10 Sep 2019 09:00:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[OHAMA]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オハマのおはなし]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>
		<category><![CDATA[田舎暮らし]]></category>

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				<description><![CDATA[「オハマのおはなし」第20話は、北海道移住の前に祖父母の暮らす「福島県」へ期間限定移住をするお話です！ 交際を決断。その理由とは 当時の私は恋愛するにあたって、「私の病気を理解してくれる」ということはとても重要でした。電...]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「オハマのおはなし」第20話は、北海道移住の前に祖父母の暮らす「福島県」へ期間限定移住をするお話です！</p>
<div class="c_box intitle pink_box type_normal"><div class="box_title"><span class="span__box_title">前回のあらすじ</span></div>福島移住に向けて色々と準備をしていた頃、一度母と福島の祖父母のもとへ行った際に、母に言った私のSOS。そして幼なじみから言われた傷つく言葉。</p>
<p><a href="https://ohama-panic.com/ohama-story19/">私が母に打ち明けた心境と、友人からの傷つく言葉</a></div>
<h2>交際を決断。その理由とは</h2>
<p>当時の私は恋愛するにあたって、「私の病気を理解してくれる」ということはとても重要でした。電車に乗ることができないので、移動は何かとめんどうなことが起きるし、いつ具合が悪くなるかわからないので、理解してもらえることを最優先にしていました。</p>
<p>夫は私が病気のことをカミングアウトする前に病気のことに気づいてくれて、これにはかなり驚きました。そして負担をかけないように動いてくれたことが大きかったです。そして何より、ストレートに愛情表現してくれました。とても嬉しかったこと今でも思い出します。</p>
<p>私は電車に乗れないのですが、都内での生活ということもあり、夫は基本的にバイク移動だったので、デートはいつもバイク移動。</p>
<p>これも私にとってはストレスフリーになっていました。私が遠出できないといえば、車を手配してくれて遠くまで遊びに連れてってくれたりしました。</p>
<p>一緒に過ごしていくうちに、直感的に「この人と一緒にいれば病気が治る！」と思いました。当時の私はまだまだ依存体質のだったので、すでに夫に依存していたと思います。</p>
<h2>結局祖父母のいる福島県へ移住</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">夫と付き合いはじめて2ヶ月経った頃、私は予定通り、祖父母がいる福島へと行くことになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">初めての遠距離恋愛がはじまります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">福島へ行く時は荷物もたくさんあり、夫が車で送ってくれました。ただ、遠距離恋愛の考えの甘さと、環境の変化に私が対応できなくなることを目の当たりにすることになります。</span></p>
<h3>移住してすぐ、慣れない土地でパニック発作</h3>
<p><span style="font-weight: 400;">無事に福島まで送ってくれて、夫が東京へ帰る時。私は大きなパニック発作が起きました。起きたというか起こしました。という方が正しいかもしれません。これは今だからわかることです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私の福島への歓迎会として親戚たちとみんなで昼食を食べていたのですが、どんどん呼吸ができなくなって過呼吸になり、しびれが出てしまいギブアップ。親戚のみんなは病名のことはわかっていてもどんな症状なのか知らなかったし、私も説明する余裕がなかったので、何が起こっているのかわからなかったと思います。</span></p>
<p>いつも持ち歩いている頓服薬（ソラナックス）を服用してもなかなか効かず苦しい時間が続きました。その日は休日だったので、<span style="font-weight: 400;">休日診察をしてくれる病院を探して行きましたが…受付で断られてしまいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">過去に「パニック障害」と病院に伝えると、なかなか診てくれないという経験をしたことを思い出しました。（<a href="https://ohama-panic.com/ohama-story13/">パニック障害で救急車？久しぶりのパニック発作に落ち込む私</a>）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">受付で断られてしまったので、過呼吸が起きているので紙袋片手に発作がおさまることを待つことしかできない状態。私のパニック発作の症状に動悸もあるのですが、呼吸がしずらくなって溺れそうになってしまうのです。酸素を吸っても吸っても足りない気がして呼吸が浅くなり、速くなってしまいます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">夫と離れる寂しさと不安で涙は止まらず…すごい状態でした。苦しみながらも祖父母の家へ戻りずっと横になっていました。何時間か経ってやっと頓服薬が効いてきたのか？少し眠ることができました。夫は仕事があったので、心配しながらも東京へ帰宅しました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">祖父母は私の病気を理解はしていません。「何が起きているの？」という状況。食欲もぱったりとなくなってしまったので、その日は全く食事も喉を通らない状態になりました。</span></p>
<h3>数日後、別の病院を探してみました</h3>
<p>これから半年間福島で生活していくのに「このままではまずいな…」と思ったので、改めて病院を探しました。</p>
<p>福島の中でも田舎の地域だったので、病院の選択肢が少ない…！何件も予約の電話を入れても、予約が何ヶ月か先になる病院もありました。仕方ないので予約なしで診てもらえる病院を見つけました。ネットの口コミを見て病院を決める選択肢はなかったです。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は車の免許がないので、病院に自力では行けないため、仕方ないのでタクシーや親戚に送迎してもらって病院へ行きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私が見つけた病院の待合室は患者さんでとても混んでいました。「混んでいる＝人気」とは結びつかないということを体感するのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そう、この病院と私の相性が悪かったのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">先生に身体の状態を話しをしている最中に、先生と一度も目は合わないという不思議な状況が続きました。別にパソコンにずっと向かっている訳ではないんです。ただ、向き合って話していても目が合わないのです。目が合わない状況のまま、酸素濃度も測っていただきましたが、数値に問題はなかったようです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そしてびっくりすることが…！新しい薬を処方すると言われたので、新しい薬が怖いと話したら、先生がその薬をいきなり飲み込んだのです…これにはびっくりしました。びっくりというか、怖い！と直感的に思ってしまいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">先生が突然飲んだ、新しい薬も処方されたのですが、薬を変更することがどうしても嫌だったので、今ままで飲んでいる薬のみ服用しました。</span></p>
<div class="voice cf l"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/ohama.jpg"><figcaption class="name">オハマ</figcaption></figure><div class="voicecomment"><span style="font-weight: 400;">私の独断です。薬については慎重な判断が大事だと思います。</span></div></div>
<p><span style="font-weight: 400;">薬だけの治療では体調は悪くなる一方だとわかっていたので、祖父母が通院していた整体にいくことにしました。昔ながらの治療院で、おじいちゃん先生が丁寧に診てくれました。イメージ的には整体より、カイロプラティックに近かったです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">一円玉を使った不思議な治療法もあったり、一般の人からするとその治療法本当？と思われてしまうかもしれませんが、私は効果があればなんでも大丈夫なので、不思議な治療法もすんなり受け入れることができたし、私には合っていたようです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この治療もあってか、大きな発作は起こることはなく、叔父が経営している居酒屋の手伝いをしながらの福島生活が始まりました。</span></p>
<h3>生活環境でパニック障害への理解者が少ないのはしんどい</h3>
<p>体調に不安があっても、それを理解してくれる人が近くにいないことは結構しんどかったです。祖父母に心配かけないように無理やり食事を食べたし、寝れなくても祖父母とはきちんと朝食をとるようにしたり、かなり気を張った生活をしていたと思います。</p>
<p>そんな中でも、体調を崩していた祖父が一番体調を理解してくれて、2人で夕飯を食べていた時に、「ゆっくり治していこうね」って言ってくれた言葉は今でも忘れられません。</p>
<h2>会いに来てくれた夫と急展開</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">そんな生活が1ヶ月ほど続いた頃、夫が東京から会いにきてくれました。ただ、頑固な祖父。結婚する前の夫を家に泊めることはできない。と言われてしまいました（笑）。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">東京からせっかく来てくれたのに泊まるところもなく、私も夫もショックを受け、このまま遠距離恋愛を続けることはできるのか？と思うきっかけとなりました。そこからはじめてちゃんと「結婚」というものを意識するようになりました。</span></p>
<p>祖父母は全く悪気はなく、私たちのことを想ってけじめをつけなさい。ということを教えてくれました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">それから夫と毎日電話で話し合って、まずは東京に帰ることを決めて一緒に住もうとなりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">同棲をするのであれば、けじめとして２８歳の私たちは「結婚すること」を決めました。祖父が背中を押してくれて、付き合って3ヶ月での婚約となりました。まだ付き合って3ヶ月という短い交際期間だったので、私自身も家族も友人もみんなびっくりでした。</span></p>
<p>今思うと、約1ヶ月間、祖父母と一緒に暮らせたことは本当に幸せな時間だったし、祖父母と一緒にたくさん過ごすことができた日々はとてもいい思い出です。祖父母に改めて感謝しています。</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>パニック障害で田舎に移住を決断したタイミングでの夫との出会い</title>
		<link>https://ohama-panic.com/ohama-story18/</link>
				<pubDate>Mon, 18 Mar 2019 12:58:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[OHAMA]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オハマのおはなし]]></category>
		<category><![CDATA[パニック障害]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>
		<category><![CDATA[田舎暮らし]]></category>

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				<description><![CDATA[「オハマのおはなし」第18話は、今の夫との出会いの話です！ 北海道に移住を決断、そして高校時代の友人と再会 当時、父が北海道に単身赴任していたのですが、父の故郷が北海道ということもあり、そのまま北海道に家族で引っ越そうと...]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「オハマのおはなし」第18話は、今の夫との出会いの話です！</p>
<div class="c_box intitle pink_box type_normal"><div class="box_title"><span class="span__box_title">前回のあらすじ</span></div>パニック障害の治療のため、精神科に通いながら様々な東洋医学治療にも挑戦し、さらにはアロマテラピーの資格も取得し、病気を治すために必死になっていました。</p>
<p>一方、病気が原因で彼氏とも別れ、家族と共に北海道に移住することに決めました。</p>
<p><a href="https://ohama-panic.com/ohama-story17/">パニック障害のためにアロマテラピーの資格を取得</a></p>
</div>
<h2>北海道に移住を決断、そして高校時代の友人と再会</h2>
<p>当時、父が北海道に単身赴任していたのですが、父の故郷が北海道ということもあり、そのまま北海道に家族で引っ越そうという話がありました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;"><div class="voice cf l"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/ohama.jpg"><figcaption class="name">オハマ</figcaption></figure><div class="voicecomment">第14話（<a href="https://ohama-panic.com/ohama-story14/">パニック障害が原因で彼氏と別れました</a>）で簡単に書きましたが、彼氏とも別れ、病気を治すためには田舎暮らしの方がメリットが多いと判断し、<strong>北海道への移住</strong>を決めました。</div></div></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もう東京で恋愛するつもりはなかったので、仕事に没頭する日々。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そんな時にたまたまFacebookで繋がった高校時代の友人たちと、何人かで10年ぶりに集まろうという話になりました。</span></p>
<h3>混雑した電車に乗れない私をフォローしてくれた</h3>
<p><span style="font-weight: 400;">LINEグループで集まる日程を決めたのですが、その日は都内の大きな花火大会の日のため、夕方は電車が混むことが予想できたので「私は行けないかなぁ。」と濁して断ろうとしていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その時に夫から個別にLINEがきて、「もしかして電車乗れないの？」って言われました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「なんでわかるの？」とびっくりした私。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">夫には素直に</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"><div class="voice cf l"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/ohama.jpg"><figcaption class="name">オハマ</figcaption></figure><div class="voicecomment">「私はこういう病気だから、電車に乗れないから行けないんだ。ごめんね。」</div></div></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">と伝えると、</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"><div class="voice cf r"><figure class="icon"><img src="https://ohama-panic.com/wp-content/uploads/2019/03/otto.jpg"><figcaption class="name">夫</figcaption></figure><div class="voicecomment">「じゃあ電車が込んでいない時間に、時間を作るから早く集まろうよ。」</div></div></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">と言ってくれたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">正直、「なんて優しいんだ！高校時代こんな人だっけ？」なんて思いました。夫の気持ちも嬉しく、花火大会が始まるずっと前に集まってくれて2人でお茶をしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そんなこんなで高校卒業以来に再会した私たち。久しぶりに友人たちにも会えて楽しい時間を過ごすことができました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">それから夫と連絡をとるようになり、2人で出かけることになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして初デートは那須。なかなか遠出が出来ない私のために車を出してくれて、那須まで連れてってくれました。そういう心遣いがとても嬉しかったです。でも、私は北海道の移住を決めていたし、<strong>北海道に行く前に半年間、福島の祖父母の家に住むことも決まっていたので、私は恋愛モードにはなっていませんでした</strong>。</span></p>
<h3>思いがけない告白と私の心境</h3>
<p><span style="font-weight: 400;">那須からの帰る頃に、夫からの突然の告白。<strong>半年後に私は福島と北海道に行くことも病気のことも伝えているのに、なんてことをいうんだ！</strong>と正直思いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただ、夫の誠意はきちんと伝わり、私自身たくさん考えてすぐに答えは出さずたくさん考えてどうするかお返事をしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">遠距離愛になる不安。年齢的（27歳）にも「結婚」という文字もよぎるしどうしよう。とずっと考えていました。ただ、夫といる時は楽しかったし、「今を楽しみたい！」という気持ちが優先になっていました。この再会と、夫からのアプローチから私の人生はまた変わっていくことになります。</span></p>
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